痛みによって成長する事が大きい。

1ランク上、さらにもっと上を目指すことで、必ず障害が生まれる。                                        
その障害は予想もしなかったところから発生する事もあれば、やはりきたかと思う事もある。                            
どちらにしても、それが、ただのハードルという事ではなく、あくまで自分事として大きな痛みを伴う事で、次はそうならないように頑張る。     気づきの多い人は、その痛みからより多くの事を学ぼうとするし、学ぶ事ができる。                               

例えば、デザイナーが自分が作ったデザインは顧客想いだし、ユーザー想いだし、自分の力の限りを尽くしたと思っても、1つの案しか用意せず結局顧客は、それがいいか悪いかの話に集中してしまい、受け入れられるかられないか、といったせっかく頑張ったのに、その仕事を依頼される事がなくなってしまう事がある。そこで学ぶのは、2案用意しておけば、どちらがより顧客の理想に近いかという建設的な話になり、建設的なデザイン改善を行いやすくなる事があるなと学ぶ。ま、これはデザイナーだけではなく、それを提案するディレクターも学ぶ事になる。                                                   

他にも、マネージャーが部下の言い分の真意を把握できず、または読み取ろうとする意識がなく、いつのまにか不満が大きな固まりとなり組織が一度 こわれる。マネージャーは自分を否定された痛みを伴う。部下の不満をすべて解消する事ばかりを行っていては、決断、推進力が弱まるためもちろんすべてを気遣い、解消できる訳ではないが、重要なポイントを見逃さないという意識はもっておいた方がいいと思う。少なくとも、経営者は、メンバーがこの会社で働く意義を把握し、創り続けなければならないというプレッシャーを持っている。                

                            
経営者は、シンプルなところからいくと、いわゆる預金通帳の中にあるお金、来月でていくお金(外注先、給与、経費など)、やりたい事があるけどお金がない、もう少し給与を払いたいけどお金がない。来月末予定しているある大きめ案件の支払いが一月延びただけで倒産の危機がある事を想像してゾッとする。半年先、1年先、はたまた5年10年先の事を考えてよりよい未来にコミットして行動したいけど、来月末の支払いが足りるかどうか心配でまずは目先のお金を稼がないといけない現実をつきつけられる。だから、もっともっと頭を使ってなりたい状況を見据え、戦略的に取り組まなければそのサイクルを変える事はできない事を、預金通帳から学ぶ。  
                                             
痛みを感じれるか、どうかは成長に大きく影響を及ぼすと最近改めて思った次第でした。                             痛みは成長のチャンスなので、そう捉えて飛躍していこう。

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久しぶりの更新ですが、それでもくだらない事ですみません。

なんとなく書き留めておきたくて。

いつも3〜4時間ぐらいは平気で筋トレしているおじさんマッチョ集団。                               

終わりのシャワールームでの会話                                               

先輩にあたる色黒マッチョおじさん
「俺、トイレは、ウォッシュレットがないと嫌だからここではしないんだよね」                             

後輩にあたるマッチョおじさん
「え?そうんなですか?僕は使わない派ですね」                                        

先輩にあたる色黒マッチョおじさん
「なんでだよ!すげー気持ちいいし、痛めなくてすむからすげーいいじゃん、
 ほんとだよ」                                                       

※今更ながら、ウォッシュレットの良さを熱く語る色黒まっちょおじさん                                

後輩にあたるマッチョおじさん
「えーぼくはつかわないですね」                                               

先輩にあたる色黒マッチョおじさん
「なんでだよ!」                                                        

後輩にあたるマッチョおじさん
「えーウォッシュレットを使うと鍛えられないじゃないですか?」
                                                              
先輩にあたる色黒マッチョおじさん
「は!?」
                                                                
後輩に当たるマッチョおじさん
「使わずに鍛えているんですよ」
                                                                
先輩にあたる色黒マッチョおじさん
「おーそうか・・・」
                                                              

いくら鍛えるのが好きな集団とはいえ、さすがの先輩もそこはいいだろ的な雰囲気のままシャワールームを去って行きました。        
鍛えるのが好きな集団内では、そんな鍛え方ねーだろっていう台詞はなかなかいえないいだろうな。

と思いました。

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宮崎元という友人が、今年4月起業し、その会社名ともなるサービスがリリースされ、メディアに掲載されました。               
その名もfanbookというサービス&会社名なのですが、そのfanbookに、我が社のめざグラアイドルのスキンを投稿してリリースしてもらったところサルもメディアにあいのりさせてもらいました〜笑  

BusinnesWire                                         

http://www.businesswire.com/news/home/20110630005541/en/fanbook-Launches-Worlds-SNS-Service-creating-sharing

                                                                    
fanbookについては、cnetに説明がありますので下記もご参照ください。

http://japan.cnet.com/news/service/35004503/

                                                                  
fanbook

http://www.fanbook.co.jp/

http://www.fanbook.no.com/

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うちのサル

Category: ボスザル日記 - Posted by taku_uozumi at 2011/02/28

会社名の由来の一つに含まれている?!うちのサルをご紹介します。

                                 

                              
前々から一度皆さんには紹介したかったネルです。
ピピというもう一匹もいますが、そちらは僕になついていないので、なかなか肩にのってくれません。                                                   
今後ともサルを宜しくお願いします!

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昨夜、友人と会社のメンバーで飲んでいたお店、新橋の「加賀屋」で懐かしいアイテム発見。

「加賀屋」

http://r.tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13007923/

そもそもこのお店自体かなり個性の強いお店で、店長と和気藹々が嫌いでなければ結構気に入る人は多いかも。。。               

懐かしいアイテムは、メガネ。

みてもらった方が早いと思うけど、この懐かしいアイテムで20分ぐらい笑った。

久々にやると面白いアイテムってあるなあ、ってだけの話です。                                     
                                                            
これはまあ、違和感あるよねレベル                                                 
                                                            
うんうん、なんか、こういう人いるよね〜的な。                                           
                                                            
これは、もう本人以上に本人でしょ!
という事で一旦爆笑。                                                       
                                                            
これに関しては、ナポレオンズのそっくりさんができあがりました!と大爆笑。

というだけの話です!!

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皆様のご要望にお応えさせて頂き、二村康太の誕生日おめでとう!の

物語原稿を掲載させて頂きます。宜しくお願いします。                                                                                                     

2030年10月のある日

○グラタン屋がこんなに流行るとは思わなかったなあ。

彼は二村康太 あの株式会社サルの副会長。

数々の事業展開を世界的に展開行う会社の副会長である。

グループ総売上500億円を超える中堅企業だ。

彼は設立メンバーの一人。

グループ会社の一つで、今伸び盛りの「株式会社サルのグラタン」代表取締役を兼務している。                       

○そして彼が今いるのは「サルのグラタン」インド•デリー支店である。

日本でインドカレーグラタンを始めたところ、これがヒット。

北は北海道、南は沖縄まで「サルのグラタン」チェーン店出店が相次いでいる。

当時の「餃子の王将」をしのぐ勢いだ。

それが、とうとう本場インドに出店をするという事になった。

インドカレーグラタンの次のメニューのヒントを模索しているという事も

あるが、ブランディング狙いのところが大きい。

ただ、初めはインド在住の日本人をターゲットに、デリーで始めたのだが

地元インド人にも人気を得つつあり、ガンジスにも出店を行ったばかりだ。

20年前とは比べ物にならないくらい、インドと日本の交流は発展し、

アメリカと中国のGDPを抜いたインドと一番近い存在になっているのが日本というわけである。
                                                                           
○20年前に起きた沖縄県の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件に端を発し、

海底に潜む石油資源を狙った領土争いが加熱し、日本だけでなく

東南アジア、ロシア各国との争いの末、中国は6割ほどの争いに勝利した。

当然アメリカも、中国に資源を集中させてはいけないと、各国の支援に回った。

中国の外交はやくざのようなやり方で、経済制裁を中心に横暴な外交を続けた結果、

中国に進出していた各国の企業は、撤退を余儀なくされ、その後世界的に信頼を失った

中国は結局孤立してしまった。

ま、現状の世界情勢については皆さん周知の事なので

この辺で話を戻そう。                                                     
   
○株式会社サルは、時をさかのぼること、22年前に設立された会社である。

現会長の魚住琢と副会長の二村康太が、二人で考えた会社名が始まりだった。

日本人以外の人がみてもパッとわかる会社名、漢字で表現して解りやすいもの

ということから生まれたのがサル。

サバイバルするための知恵を象徴していて、いい名前だ。                                        

○初めはwebマーケティングを中心に展開し始めたが、粗利率の悪さから

web制作を中心に展開。

半年ほどして、今では著名なイラストレーターの丸山良子さんと

福島支社長を担っている五十嵐えりさんが参画してくれた。                                       

○その後、現、代表取締役の湊谷幸司、

そして、

サルのサービスのマーケティングの全てを担う石田実取締役、

沖縄支社長の小西教仁

が参画し、もうずいぶんと長い関係だ。                                               

○web制作会社としては、まずまずの走り出しだったが、

受託ビジネスには限界があった。

もう一つの柱をつくるために当時伸び盛りであったソーシャルアプリ市場に乗り出す。

本格的に乗り出したのが2010年、その年、沖縄支社を設立。

沖縄をきっかけに、サルは一気にスターダムを駆け上がることになる。                                  

○web制作市場の単価は、下降線だった。

制作会社においては、勝者と敗者がはっきりと出始めたときだった。

ポイントは、                                                         

○顧客の営業課題を解決するアイデアの提供                                             

○高いクォリティを維持したスピード対応                                             

○コミュニケーション能力に優れた集団                                              

○高粗利体質のためのオフショア活用                                               

などが上げられる。
                                                                 
○サルにおいては、沖縄事業所を設立したことによって上記全てを

まかなえるに至った。

更に、ザ、下請け仕事は、断る勇気と断っても収益が圧迫されないよう

多角的事業を展開している事が功をなした。

ただ、何においても、中心メンバーのモチベーションが高く、

自己を超えて、集団の利益を追求するメンバーしかいなかったのが

最大のポイントだろう。                                                     

東京と沖縄で遠隔で事業を展開できたことが、この頃のサルにとっては自信になった。

沖縄開発室という名前の通り、デザインはもちろんのこと、エンジニアによるサービス開発

が当たり始めた。気がつくと、沖縄ではそこそこ有名な会社となり、人材が集まる仕組みが

出来上がった。                                                         

○サルが、本格的に世に出始めたのは2012年。

それまでも数々のアプリをリリースしてきたが、

その年、アプリでホームランを打つ事になる。

その頃、二人に一人はスマートフォンを持つ市場が出来上がっていた。

根強くiphone人気はあるものの、android端末が各社破竹の勢いでリリース

された結果、スマートフォンの約7割をandroid系端末が占めるに至った。

当然女性の利用者も増え、サルは女性に愛されるアプリを作る事に成功した。

そのアプリを中心に、知名度も一気にあがり、

その翌年2014年にマザーズ上場を果たした。                                            

○急な成長ということもあり、多くの人が入っては辞めていったが、

それを期に、経営陣は多くの事を学び、また一つ、サルの文化が明確になっていった。

ある著名な経営者が言った

企業の衰退はイノベーションの欠如と自己満足が原因と感じるが、

真実は逆。行き過ぎ、成長が速すぎたことが原因になっている。

と、

確かに。

ただ、正しい成長スピードを計る事はとても難しい。

一つ言えるのは、結局は残ったメンバーが企業文化を作っていくんだ。

そして、経営陣は、その事態を謙虚にうけとめ、学ばなければならない。                                 

○株式会社サルは、上場を期に、よりパブリックな会社へと変わっていった。

経営陣にとって、上場は、ショッキングな出来事だった。

嬉しさはあるが、多くの責任を抱える事で、本当に自分たちがやるべき事は

何なのかと考えなければならなかった。

ただ、少なくとも仕事を通して、自己実現を実感し、働くメンバーもそれを

なし得ていくのを見ることで、今までやってきて良かったと心の底から思う事ができた。                          

○2020年 二村 42歳                

上場企業の副社長として、日々奮闘してきた彼だが、いつの間にか40を過ぎた。

昔、経営者の先輩がよく言っていた。

「40を過ぎると死ぬ事を意識するから、単純なご飯もどうせなら

おいしいモノを食べよう。できるだけ貴重な経験をしようという

意欲が全然違った次元で強くなる。」

今なら、その言葉の意味がよく分かる。                                             

色々な問題は起きるものの、今のサルは、優秀な役員陣がもり立ててくれる。

二村は考えた。

「そろそろ、昔からやりたかった事をやってもいい時期ではないか?」

今までは、短期間で収益を上げるビジネスを選択し、

そこで結果を出す事に喜びを得ていた。

結果を無視したことをやりたいという訳ではない。

収益を上げる事は、自分が純粋に遂行したいことである。

ただ、黒字化し、収益を伸ばす段階にうつるまでの期間を

もう少し長くしても、納得するまで、チャレンジしてみたい事がある。                                  

○二村は、代表の魚住に相談する。

「グラタン屋をやりたい。」

その頃、魚住は、年の半分を海外で過ごす程、海外事業に力を入れていた。

グラタン屋の話は、昔から聞いていた。

ただ、サルとしては、まだまだ、やりたい事が多くあった。

そのやりたい事のうち、二村にやって欲しい事はたくさんあった。

グラタン屋という、既存ビジネスとは異なった

一から作り上げなければならないビジネスモデルなだけに、

中途半端では、株主が納得しない。

納得してもらうためには、二村に全力投球してもらうしかない。

ただ、そもそもの約束が二人にはあった。

40歳までは、収益を第一にビジネスを展開しよう。

そして、各個人10億円づつは貯蓄をもって、

40歳からは好きな事をビジネスにしよう。

と。                                                               

もう2年も過ぎている。

収益の目標は、ゆうに達成する事ができた。

あとは、好きな事をやり抜く事だけだった。                                             

魚住は、約束はもちろんのこと、そもそもやりたい事を我慢してまで

何かをやるというスタンスが嫌いだった。

その人のパフォーマンスが、120%発揮されないし、

人の一生は短い、新しい事を始められる年齢となるともっと短くなる。

そもそも、完全に自立した自由を手に入れるために始めた起業だ、

やりたい事ができないようじゃ意味がない。

「じゃあ、こーたが代表になってグラタン屋をやってくれ」

ここから二村の「サルのグラタン屋」が始まる。                                                                                                        

今までのビジネスモデルとは、全く違うため、

今までの経験が活きるまでに時間がかかった。

初めは、どうしたらいいかわからない事が多かった。

ただ、そういった中でも持ち前の、楽観的脳みそで楽しく過ごすのであった。                                                                                           

サルは、

•地方の若者を就職支援する教育事業

•地方の地域活性化事業

•EC

•デジタルテレビコンテンツ配信事業

•ソーシャルゲーム事業

•スマートフォンコンテンツ配信事業

•世界的リゾートペンションとパーティ運営事業

•投資事業

•飲食店事業

など数々の事業を多角的に経営行っていった。

技術、商品、人のニーズの移り変わりの激しい時代、

そして、個々のニーズの多様化が進んだ時代では

多角的に事業を展開する事がとても重要であった。

そういった意味で、サルの中には、常に新しい風が吹き続けた。

スリルと活気に満ちた人生を歩む事ができた事に、

魚住も二村もとても感謝していた。                                                                                                               

○「サルのグラタン」 インド•デリー支店

「浅草でシンユウは、元気にやってるかな、

そろそろ、一度、家に帰ろうか?

ねえ、ちあきちゃん。」

大の浅草好きの息子はもう20歳になる。

妻のちあきも、浅草が好きなので基本的には浅草の実家にいるが

年に何回か、比較的長期間、二村の世話をしにやってきていた。

寂しがりやの二村が家族と離れるなんて、当初は信じられなかった。

「あれ?ちあきちゃん?」

「おーい。」

「おかしいなあ、どこいったんだろ?先に家に帰ったかな?

店の掃除やって帰るか。」

と、お店に入った瞬間。                                                                                                                    

パーン、パーン、パーン!

クラッカーの音が鳴り響いた。

「うわ!?」「え?」

「せーの、誕生日おめでとう!!」                                                                                                              

そう、今日は二村康太、52歳の誕生日2030年10月15日である。

そこには、創業期からのメンバー

魚住琢、丸山良子、五十嵐えり、湊谷幸司、石田実、小西教仁                                   

ならびに沖縄支社創業メンバーの

長嶺亜希、吉田あかね

そして家族の

ちあき、シンユウ

が皆、インドデリー店に集まっていた。                                                  
 
「え?みんな来てくれてたの?

あ、今日俺の誕生日だっけか?

うわー、びっくりしたよ。

久しぶりの顔ぶれだなああ。

このメンバーで集まるのすごく久しぶりじゃないか!?

わざわざ、有り難う!

うわー、すごく嬉しいよ」

確かにこのメンバーが全員集うのは、もう何年もなかった。

その夜は、久々に創業期の話で持ち切りになった。

「みんな、年もくったし、変わったなああ。

なんか立派になっちゃって。」

という二村の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

二村の脳裏には、荻窪の駅前にある居酒屋での出来事が浮かんでいた。

そう、魚住とサルをやる決意をした時だった。

あの頃、こんな未来を描く事はできなかった。

でも、人生は不思議だ。

志をもった時から、あらゆる物事が動き始めた。

どう説明しても運命としかいいようがない出来事に何度も遭遇した。                                                                                              

失敗や辛い経験もたくさんあった。

ただ、それらの辛い経験全てが、

その後に訪れるチャンスをモノにするために必要な事を教えてくれた。

これから残り死ぬまでだって、何が起きるか解ったもんじゃない。                                    

ただ、二村は、

今夜のような一瞬、一瞬がとても大切で、

深い充実感を与えてくれる事に感謝した。

今二村には、22年前の頃の若さはないが、

人生に対する深い自信があった。

どこにいても寂しくはない。

家族と、仲間とそして、何より自分自身と深く繋がっている実感がある。

自分の人生を深く愛していた。

その深い充実感を彼は関わる人々に伝えていきたかった。

人生の幸せは既に自分の中にある事を。

志と気づきがあれば、深く人生を愛せるようになる事を。

人種を超えて、国境を越えて。

まだ、二村の人生は終わらない。

この幸せな人生を死ぬまで味わい尽くすことだろう。                                        

fin

2010年10月15日

二村の誕生日を祝って

sal一同

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A Hunter shoots a bear!

Category: 未分類 - Posted by taku_uozumi at 2010/11/02

NSFW. A hunter shoots a bear!

eat

like

love

kill

talk

shot

などなど入れるとおもろいです。

と、うちのminatoyaさんが見つけました。

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今日は、記念すべき沖縄事務所のスタートです!

多くの方のご縁に恵まれ、決めてから半月でスタートを行う事ができました。

今後は東京、沖縄を中心に、地域の方たちと共に頑張っていきます。

そして国内だけでなく、国境を意識しないサービスを展開し、世界に「いいね!」

を作っていきたいと思います。

沖縄は、この場所からスタートになります!

ちょっと光の加減で暗い。。。

沖縄メンバーは左から長嶺さん、小西くん、吉田さんです。

小西くんは、東京から沖縄在住を決意してくれました。

沖縄支部長です。

長嶺さん、吉田さんは、沖縄在住のメンバーでデザイナーとして、サルに参加してもらいます。

皆様、これからもより一層、満足して頂けるデザインを制作していきますので

どうぞ宜しくお願い致します。

飛行機に乗り遅れるので取り急ぎご挨拶まで。

魚住

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今度はみどころ編です。

下記も友人からの紹介になります。

みどころ

★沖縄美ら海水族館

那覇から遠いですが、レンタカーで是非是非是非是非是非行ってください。水族館好きでも、そうでなくても好きになるはずです。

巨大水槽にジンベェザメを見ていると幸せな気分になります。

もし、時間が合えば、毎日15:30から始まる巨大水槽での餌付けが圧巻です!

http://www.churashima.net/shima/special/amenohi/okinawa/suizokukan/index.html

★古宇利島

水族館の帰りにぜひ。2000m近い橋が数年前に開通したのですが、その橋から左右に見える

海の綺麗さといったら。。泣けます。

http://allabout.co.jp/travel/travelokinawa/closeup/CU20050405A/index.htm

★首里城

メジャーどころですが、中身よりおすすめが景色。小高いところにあるため首里城から那覇の町並みが一望できます。

http://www.churashima.net/shima/okinawa/isan/20010301/index.html

★斎場御嶽 (せいふぁーうたき)

世界遺産。祭事の場。なんとなくほんとうに神々が存在していたような雰囲気がおすすめです。

(ちょっとマニアックかもしれないので後のほうにしてみました。。。)

http://www.churashima.net/shima/okinawa/isan/20010301/05.html

★万座毛

国道58号沿いのんびりドライブをするなら立ち寄ってみてください。

不思議な岩の形が、まるで座椅子?のようで、そこからこの名前がついたそうです。

海も綺麗です。(天気が悪いと断崖絶壁が恐ろしく感じますがそれもまた迫力ということで。)

http://www.joyphoto.com/japanese/travel/011013/manza.html

★海中道路

島と島をつなぐ道路なのですが、海中、ではなく海上すれすれをひたすら道路がつっきってるイメージです。

もちろん綺麗な海に囲まれています。晴れたらぜひ。

http://www.tabinchu.net/spot/spot_detail.aspx?pSpotId=105308

★道の駅 許田(きょだ)

県で唯一の高速道路の北の終点を下りて10分ほどさらに北に行くとある、休憩所のようなまさに道の駅。

ここで売っているサーターアンダギーと、ピリ辛かまぼこ(海老入り)が最高です。(みどころではなく食べどころですね。。)

水族館に行く途中にあります。

http://www.tabinchu.net/spot/spot_detail.aspx?pSpotId=100279

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下記は沖縄大好きな友人から紹介してもらった

沖縄うまいもんリストです。

沖縄にいく機会のある人、必見です。→特にコニータさん!

たべどころ

これは。。数えあげればきりがないのでほんとうに厳選してしまいました。

逆に、行き先、遊ぶエリアが決まったところで教えてくだされば近いところをご紹介します!

まずは

そば

好きなお店を列挙しました。本当に美味しいです。ぜひ好きになってください。

★大東そば (那覇)

麺がもちもち・シコシコしていて、最近一番のお気に入りです。私は食べたことがないけれど

大東ずし(お魚のづけ)もおいしそう。。。

http://www.daitousoba.com/

★どらえもん (那覇)

安すぎます。沖縄本島ではなく宮古島のそばです。食べ比べてみてください。

http://www.churashima.net/gourmet/soba_museum/okinawa/dora.html

★真壁ちなー (南部)

薄味のおいしさはもちろんのこと、民家を改造してつくったお店なので、その造りに癒されます。

南部ドライブに行くならぜひ立ち寄ってください。

http://www.okinawaonline.jp/okas/guides/areatpx02/ztama/019/makabe.htm

★きしもと食堂 (北部)

あまりにも有名、でもほんとうに美味しいです。濃いめのだしを使うお店ランキングでは、いまのところこのお店に勝る

ところは見つかっていません。

http://www.onb.jp/shop/kishimoto-syokudou/

★御殿山(うどぅんやま) (那覇)

だしがおいしい!すこし小高い丘の上に建っているので、外からのながめがいい感じです!

http://www.churashima.net/gourmet/soba_museum/okinawa/udun.html

★山原(やんばる)そば (北部)

スープというか、お肉の脂が出ていてかーーーなりこってりしており、わたしはちょいと。。でしたが、

こってり好きな人にはぜひ!

http://www.churashima.net/gourmet/soba_museum/okinawa/yanbaru.html

★首里そば (首里)

スープというか、お肉の脂が出ていてかーーーなりこってりしており、わたしはちょいと。。でしたが、

こってり好きな人にはぜひ!

http://www.churashima.net/gourmet/soba_museum/okinawa/yanbaru.html

。。ほんとうにきりがないので次は

よる

夜の飲み食べ処で:

★おもろ殿内(どぅんち)

メニューも創作ゴゴロが感じられて、味も確か。さらにはお店の作りも凝っていて楽しいです。

DFSのあるおもろまちからタクシーで5分ほど。

http://www.omoro-dunchi.com/index.html

★回 久茂地店

ここのソーメンチャンプルーがあまりにおいしくて、作り方を教えていただきました。

なぜか沖縄外出身が多い料理人のにいさんたちの人柄についつい食べ過ぎ飲みすぎてしまいます。。。

国際通りから歩けます。

http://www.kai-web.co.jp/kumoji/index.html

★久茂地(くもぢ)文庫

イカスミソーメンチャンプルーは、探してもなかなかないメニューなのですが、見つけました。

なんとイカの塩辛を入れることもできます。泡盛のお供には最高です。ここも国際通りから歩けます。

http://www.delicious.ne.jp/html/toku02/kiji02/kiji02_0204_28.htm

。。。こちらもきりがないので最後に

ひる

お昼に行くところで:

★カフェくるくま

アジア系レストランです。ご飯もとってもおいしいですが、おすすめは景色!

小高い丘の上に立っていて、テラスに出ると綺麗な海が一面に広がっています。

http://cafecurcuma.ti-da.net/c54209.html

★浜辺の茶屋

海というより干潟なので、ブルー一面。。ということではないのですが、水辺がすぐそこなので

ゆるーーーりと本を読んだりハガキなど書いてみるのには最高です。

近くに宮元亜門の家があるそうで、わたしはまだ遭遇していませんが、もしかすると。。。?

http://www.churashima.net/shima/special/cafe/okinawa/hamabe/

★花人逢(かじんほう)

行きたい、行きたいと思いながら未踏の地。現地の友達のお勧めピザ屋です。

こちらも北部なので、美ら海水族館の帰りか行きに。

http://www.churashima.net/shima/special/cafe/okinawa/kajinbou/index.html

★なかや食堂

そばはもちろんだけど、チャンプルー定食やら、とにかく「いわゆる沖縄のごはん」が食べられるところ。

レトロな雰囲気といい、ジョッキまでキンキンに冷えたオリオンビールといい、最高です!!!!

http://r.tabelog.com/okinawa/A4701/A470101/47000082/

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